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明治の歌人与謝野晶子は、宝怏フ劇団の雑誌『歌劇』の創刊号(1918年8月刊)に、「武庫川の夕」という題で上の三首を詠んでいます。
これらの句は、夫の与謝野鉄幹と、大正6年(1917年)6月に3週間ほどかけて阪神間を周遊した際に宝来橋付近で詠んだものです。現在の宝来橋の南詰め、市立宝怏キ泉の建物のそばにこれを記念した句碑が建っています。 |
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宝怏館は中洲荘園の敷地に建てられた東洋一のダンスホールで、古塚正治の設計で、昭和5年8月に竣工しました。その円形の斬新なスタイルはダンスホールの白眉とされ、当時からジャーナリストの注目の建物でした。昭和33年にその役割を終え、昭和40年代に撤去されました。
山口誓子は移りゆく、年の瀬のダンスホールのきらびやかな姿を五七五の17文字にみごとに詠みこんでいます。
「除夜たのしワルツに青きひかりさす」
「歓楽のジャズに年去り年来る」他、 |
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| 『アルプス大将』は吉川英治のユーモア小説の試作で、南アルプスの麓の村に産まれた串本於兔というガキ大将が東京へ出て働きにいく途中、村の分教場で学んだ陽洋先生と一緒に神戸や宝怩見て歩いたときの様子を描いたものです。宝怩フ迎宝橋や武庫川の様子、歌劇場や宝怏ケ楽歌劇学校を訪れた様子がいきいきと描かれてやます。 |
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『桜守』は水上勉が桜の品種改良に尽くした笹部新太郎博士を描いた小説です。
物語では笹部博士を竹部庸太郎としています。JR宝恊武田尾駅から北東に至る氏が全財産をなげうってつくった桜の演習林がその舞台となっており、そこへ至る武田尾駅やその周辺のひなびた様子が描かれています。 |
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『がしんたれ』は菊田一夫の自伝的小説で、昭和33年5月から10ヵ月間、週刊朝日に連載された作品です。孤独な少年、和吉が美也子につれられ、初めて知った別天地が宝怩ナした。
宝怏キ泉の様子や、歌劇の伝統についての記載があり、歌劇場へ向かう花のみち周辺の土産物屋や桜の散り始めた季節の様子が描写されています。
主人公の和吉と美也子の二人は歌劇の途中で抜けだし、美也子の案内で、武庫川の上流をのぼる場面があり、歌劇の生徒達によって「愛の松原」と呼ばれた武庫川の様子が描かれています。
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